龍馬 二、脱藩篇

津本 陽
2005年4月23日

津本さんの作品“龍馬”に関する全体の感想は、

http://d.hatena.ne.jp/KeiichiKoyanagi/20080728

に記したので、ここでは脱藩編に限って所感を書きます。

津本さんは、かなり自分で調べた事実に拘って書いていることがよくわかる作品になっています。龍馬の二回目の江戸剣術修行に関する記録がほとんどないのですが、それに従って津本さんはその時期の龍馬の話をカットしています。見事に割り切っています。まるで津本さんは小説家、というよりも新聞記者が記事を事実に基づいて書き上げている姿勢のようにさえ思えます。それを面白いと思うかつまらない、と思うかは読む側の興味次第ですね。

脱藩する前に多度津での剣術修行の名目で萩まで行きます。そして久坂玄端宅を訪ねるのですが、留守なんです。僕はすぐ会えたものとばかり思っていたのですが、違うんですね。そこで三田尻に戻り、船を使って多度津経由で大阪に行き、久坂が戻るまでの数か月を大阪で過ごしている。その時代の商いの動向を調査している。そのことを考えただけでも面白いですね。そして数ヵ月後に多度津経由で船で三田尻に行き、萩で久坂と会っています。久坂が話す吉田松陰のあの “・・草莽志士・・・”が展開されるわけですね。

そして本作品の素晴らしいところは、龍馬が勝海舟の弟子になる展開にあります。脱藩後、さ迷っていた龍馬は江戸に行きます。江戸では千葉道場で厄介になります。また、饅頭屋を頼るんです。饅頭屋は、その時すでに勝海舟の門下に入り船の操縦法を、そして高島の門下に入り砲術を習っていたんです。僕はこの事実を知りませんでした。そして、当時、勝海舟と同じ操練所で一緒に教授方を務めていた万次郎の助けもあって、饅頭屋と一緒に勝海舟に龍馬を弟子にしてくれるようにお願いしに行くんですね。何もできない龍馬を何故、勝海舟は弟子として受け入れたか、の津本さんの話の展開が面白いですね。当然、昔、佐久間象山の塾で顔を知っていたこと、そして、多くの草莽を集めて船の操縦法を広めなくてはいけないと勝海舟が思っていた、ことなどいろいろな要素が重なって実現した、という展開に引き込まれていきました。

それにしても、あまりにいろいろな出来事を記載しているために、本作品の主人公が一体だれなのか、分からなくなるような点が、本作品にはあります。