北海道の諸道

司馬遼太郎全集〈56〉街道をゆく(5)にあります。
  http://www.koyanagi-lab.org/koyanagi/pleasure/travel/index.html

司馬さんは、北海道の諸道で江差松前・函館界隈の散策に加えて札幌・旭川陸別界隈を歩いています。

僕は、函館に1977年の夏から秋にかけて3ヶ月間ほど住んだことがあります。企業に入社した年の現場研修、という名目で函館で過ごすことができました。上野から夜行列車に乗り、青森から青函連絡船に乗り継いだことを懐かしく思います。いい町でした。

五稜郭で見た土方歳三の写真が印象的であったことを今でも覚えています。当時、僕は高田屋嘉兵衛を知りませんでした。それが悔やまれます。

当時、会社の車で函館を中心にいろいろな場所に行きましたが、ある時、江刺の海岸を走っている際に、開陽丸の看板が大きく掲げられていたのを覚えています。今にして思えば、丁度この時期、開陽丸の沈没現場が発見され海底から遺物を引き上げていたんですね。その海岸に建てられたその看板を見ながらなんだろう、と思いながら通り過ぎたことを今でも覚えています。その時、開陽丸がなんであったか思い出せなかったことも残念で残念で仕方がありません。ただその風景だけが今でも脳裏に鮮明に焼き付いています。


その後、1999年7月仕事で青森に行った際、函館が見たく青森から電車で津軽海峡を渡りました。松前の方から眺めた函館山を懐かしく感じました。久しぶりの函館山でした。




そして、2007年8月、僕は新潟からフェリーで小樽に渡り、小樽から旭川、そして知床をドライブしましたが、残念なことに陸別によることができませんでした。それが少し心残りですが、次回は陸別関寛斎記念館に是非立ち寄りたいと思っています。2007年8月の旅では、旭川旭山動物園富良野に立ち寄りました。

司馬さんの作品をとおしてしか、僕は関寛斎を知りませんが、とても強く惹かれます。2007年8月の北海道旅行は陸別にある関寛斎ご夫妻の墓がある”ゆくえびらの丘”に行くことが当初の目的だったのですが、その時はどうしても都合がつかなかったのが残念でしかたがありません。次回は、釧路から陸別に行こうかな、と考えています。